早稲田大学理工学部機械工学科を卒業後、The University of Birmingham(英国)に留学しMSc・PhDを取得。その後、大手自動車部品メーカーにて働くも退職。決死の覚悟で国立大学の教員として大学の国際化に関連するポジションを見つけ現在に至る。

立場、国籍、専門分野に関係なく問題を共有して解決してしまうような仕組みを考案し普及させることを目指し活動中。研究分野は、大学の国際化、工学研究、留学生の為のキャリア支援。まずは、これまでの経験から、果てしなく細分化する専門分野の研究指導と、英語論文添削指導の中間に位置するコンテンツを作成中。

留学経験、企業経験、PhDのリソースの組み合わせを最大限に活用し、思いつく限りのことは全て実行。最初は、何もできなかったが、ようやく自分のやってきたことが体系化され始め論文のようなものも発表できるようになってきたので、Valuで集めた資金は、上記研究活動の社会実装に使っていく予定。

以下、本音の略歴

早稲田大学(1999~2003):とりあえず研究室で頑張ってみた(つもりだ)が全く成果は出せず。論文を書き国際学会で発表している人が偉そうにしていたのがうらやましかったので、それを人生の目標に設定。口に出せる雰囲気ではなかったものの、研究で成果が出なかったのはテーマが悪かったからではないかと分析し、大学院を中退し、人生リセットの為に留学を決意。死ぬ気で英語を勉強し、The University of Birmingham(英国)へ。

The University of Birmingham (2003~2008):とりあえず自分で納得いく形でテーマを決めて研究を進める。大学以降の人生で初めて物事がうまく進む事を経験。奨学金、英語論文、国際会議での発表、日常生活で困らない程度の英語力、大学時代にあこがれたものは一通り手に入れて大満足。しかし、最後の論文執筆の段階で英語の壁に阻まれる。ネイティブスピーカーによる自分の英語への指摘に反論できないことに違和感を覚えるも、何もできず。満身創痍になりながらもPhDは取得。

大手自動車部品メーカー(2008~2012):博士課程の研究を一生続ける自信もなく人生が暗礁に乗り上げる。なんとか内定が出た大手自動車部品メーカーに就職。しかし、専門知識も英語も役に立てる機会が全くないままリーマンショックが発生。契約を打ち切られた期間従業員に代わり現場作業員となり、3か月の筋トレ生活を経験。その後も職場の混乱は続き色々な部署を転々とする。とりあえず嫌な仕事も3年やってみなさいと言われている中で、常に新人の生活を続け経験を積ませてもらえないのは長い目で見るとリスクが高すぎると判断し転職活動を開始。

大学の教員(2012~):国際化に特化した教員ポジションの公募を見つけ、今後の可能性を感じる(少子高齢化が進むのなら、留学生関連の仕事は成長産業!?)。英語による講義、国際交流、留学生支援、英語論文指導、大学の国際化に関連し、できそうなことには一通り手を出した。どうやら自分がPhD取得の際に経験した英語に関する問題には多くの学生が直面している上、解決策は未だ誰も提示できていないことを確信。

仕事以外は、愛犬との散歩、フルートの演奏を通じ、心を無にして瞑想を行い研究のアイディアを考える。

著書:理工系なら必ず知っておきたい 英語論文を読みこなす技術: 頻出単語をイメージで把握! 論文の定型文だからわかりやすい!(共著)
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