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中村 幸也
五児の父であり、「あきらめる勇気」の著者です。http://amzn.to/1lmkfGZ

最近は・・・っていうかずっとだけど、自分の書きたい事を毎日ブログで書き続け、もうじき七年です。中卒、元暴走族の物書きです。

子どもたちと接しながら感じるのは、子どもたちを自由に生きさせてあげれば、凄い可能性を発揮するという事。我が家の子どもたちも色んな事に挑戦していますが、どんどん成長しているのがわかります。

これからの時代は自分の好きな事、やりたい事をしながら生きられる時代。色んな事に挑戦しながら、作家としてもバンバン活動していきます(^^)
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中村 幸也

【言い訳探しをしてませんか?】
 
昨日と同じように今日を過ごし、
今日と同じように明日を過ごしても、
日常に変化を起こす事はできません。
 
だからもし自分の人生を変えたいなら、
これまでと違う事をやってみて、
とにかく行動してみる事です。
 
とりあえずでも走りだしてしまえば、
そこから軌道修正すればいいのだから。
 
 
まずはやってみる事!
 
 
何かを成し遂げた人だって、
最初はみんな手探りです。
 
手探りでどうなるかわからない状態でも、
やりたいからやり、結果へと繋げています。
 
だからこれまでと違う結果を求めるなら、
これまでと違う行動を取ってみる事です。
 
やり始めてもいないのに、
「できない理由」を考えてはいけません。
 
なぜなら、できない理由を探せば、
できない理由はいくらでも見つかるからです。
 
 
これは逆も同じです。
 
 
できない理由を探せばいくらでも見つかるように、
できる理由を探せば必ずそれも見つかります。
 
だから「どうやったらできるか?」を考えて、
見切り発車でもいいから始めてみよう!
 
アラビアにこのような諺(ことわざ)があります。
 
「何かをしたい者は手段を見つけ、
何もしたくない者は言い訳を見つける」
 
 
あなたは「言い訳探し」をしていませんか?
 
 
もしそうなら手段を見つける為に、
とにかく飛び込んでみる事です。
 
最初はうまくいかなかったとしても、
小さな挑戦を繰り返していけば、
少しずつでもできるようになるはずだから。
 
まずは手探りでもいいから始めてみて、
あとは走りながら考えよう(^^)
 

中村 幸也

【後悔してもいい】
 
「後悔」と聞くと多くの人は、
あまり良いイメージを持たないものです。
 
確かに生きていく上で、
後悔は少ないに越した事はありません。
 
しかし生きていると誰だって、
後悔する事はあるものなのです。
 
それに行動量が多い人ほど、
後悔の数も多くなります。
 
なぜなら行動量が多いというのは、
挑戦する数が多いという事だから、
必然的に失敗も増えるからです。
 
だから「後悔」に囚われるのではなく、
そこから何を学べたかを大事にし、
次に生かす事を考えよう。
 
 
後悔した時は成長した時でもあるのだから。
 
 
後悔する」というのは、
同じ失敗をしないように
工夫する事でもあります。
 
だから挑戦した上での「後悔」は、
自らを成長させる良いきっかけになるでしょう。
 
それに一時的に後悔したとしても、
何十年後かに振り返った時には、
「あの失敗のおかげで今がある」と、
後悔した事も肯定できるようになるかもしれない。
 
 
しかし挑戦しない後悔はずっと残ります。
 
 
なぜなら人は実際にやった事より、
「やっておけば良かった」って事に
もっとも後悔するものだからです。
 
だから迷った時はやらないで後悔するより、
迷った時にやって後悔する方がいいですね。
 
やった後悔は時間と共に小さくなるが、
やらなかった後悔は時間と共に大きくなるから。
 
過去の自分の選択に後悔しても、
今さら過去を変える事はできません。
 
そもそもなんでも完ぺきにこなせる人なんて
存在しません。
 
 
イチロー選手でも打率三割です。
 
 
つまり七割は失敗しているわけですから、
「後悔」があるという事になりますね。
 
でもイチロー選手は一瞬だけは後悔しても、
それを引きずったりせず、すぐに気持ちを切り替え、
次に繋げる行動を取っています。
 
そうする事で失敗や後悔を、
次に生かす為のきっかけにしてると言えます。
 
だから後悔したからといって、
打席に立つのをやめる必要はありません。
 
過去の失敗や後悔から学びながら、
次の打席に立つ勇気を持とう。
 
 
僕たちは誰もが後悔しながらも、
大きく学び、成長していけるのだから。
 

中村 幸也

【その気になろう!】
 
自分が「やろう!」と思う事を前にしたなら、
損得を考える前にサッサとやってしまおう。
 
人は「やろう!」と思った瞬間が
最も思いが強い時であり、その時に行動しないと
高まった思いは次第に冷めてくるものだから。
 
 
行動するから力が湧いてくる!
 
 
「やる気がでないから行動できない」という人は、
自然とやる気が湧いてくると勘違いしている。
 
しかし、やる気というのは、
勝手に湧きでてくるというより、
行動する事で強まっていくものです。
 
だからやる気になってから行動するのではなく、
行動し続ける事でやる気を出していこう。
 
やる気が湧くのをジッと待っていても、
時間はどんどん過ぎていくだけだから。
 
 
やる気になる前に、その気になる。
 
 
自分がどうなりたいのかをイメージし、
そうなったつもりで過ごしてみれば、
だんだんその気になり、やる気も高まります。
 
やると決めたなら先延ばしにしないで、
すぐに行動に移す事が大切です。
 
なぜなら、心というのは、
コロコロ変わっていくものだからです。
 
「昨日はあんなにやる気マンマンだったのに、
今日になってやる気がなくなった・・・。
 
 
あなたもそんな経験はないでしょうか?
 
 
なぜ昨日までのやる気が今日まで続かないかというと、
感情というのは心の状態だからです。
 
何かの本を読んだり、誰かと話をして、
一時的にモチベーションが上がったとしても、
それは所詮「一時的」なものでしかありません。
 
だからやる気になったその瞬間に、
たとえ小さくても一歩踏みだす事が大切なのです。
 
 
そして行動し続ける事です。
 
 
力が湧いてきてから行動するのではなく、
行動するからこそ、力が湧きでてくるのですから!
 
だからやる気になるのを待つのをやめて、
今すぐ何かひとつでも行動に移してみよう。
 
その気になって行動する事で、
力が湧きでてくるはずだから。
 
それでもどうしてもやる気がでない時は、
素直に休みを取って充電してあげればいいと思うよ(^^)
 

中村 幸也

【毎日一歩進めば一年で三百六十五歩も進める】
 
「一日一字を記さば
一年にして三百六十字を得、
一夜一時を怠らば、
百歳の間三万六千時を失う」
 
これは明治維新の精神的指導者として
知られる吉田松陰の言葉です。
 
「何かをやりたい」と思いながら、
何もしないで毎日を過ごすより、
とにかく最初の一歩を踏みだしてみる。
 
 
それだけで世界は大きく変わります。
 
 
なぜなら、たとえ小さく思える一歩でも、
毎日一歩ずつ進んでいけば、
一年で三百六十五歩も進めるのだから。
 
「千里の道も一歩から」と言うように、
どんなに大きな夢も最初の一歩がなければ、
叶える事はできません。
 
人生は有限ですので、
やりたい事を先延ばしにしてしまうと、
大きなものを失ってしまいます。
 
僕たちは誰もが限りある時間の中を
今もこうして生きているのです。
 
 
だから大胆に始めてみよう!
 
 
「いつか、いつか」と言いながら
先延ばしにするのをやめて、
今この瞬間に最初の一歩を踏みだしてみるのです。
 
踏みだす事で見える景色があります。
踏みだしたからこそ、わかる事もあります。
 
何もあせって進む必要はありません。
一日一歩でも進めれば素晴らしいじゃないか!
 
だから「何かやりたい」と思いながら、
何もしないで毎日を過ごすより、
まずは最初の一歩を踏みだしてみよう。
 
そこからは自分のペースで、
進んでいけばいいのだから。
 
 
楽しみながら進んでいこう(^O^)
 

中村 幸也

【ブログを書き始めて七年目】
 
ブログを書き始めて今日でちょうど七年だ。
一日も欠かすことなく毎日書き続けてきた。
 
僕はたまに自分でむかし書いたブログを読み返し、
「へぇ~」って思ったりする(笑)
 
これまでに書いたコラムを読み返してみると、
なかなかオモシロい。
 
今のようにあの頃は書けなかったが、
あの頃のように今は書けない。
 
 
書き方やスタイルも色々と変えてきた。
 
 
「言葉の力」は強力で、
そこには想像以上の力が宿っている。
 
古来から日本では言葉に宿る特別な力が重んじられ、
「言霊(ことだま)」と表現されてきた。
 
そう、言葉には魂が宿る。
 
これはどんなものにも言える事だが、
使い方を誤れば思わぬ悲劇を生む。
 
包丁も正しく使用すれば
美味しい料理を作る道具になるが、
凶器として使用すれば誰かを傷つける。
 
 
言葉も同じだ。
 
 
武器にもなるし、
凶器にもなる。
 
それらは諸刃の剣のように、
時に人を傷つけ、時に人を癒す。
 
僕たちは誰もが言葉を使って生きている。
 
どうせ同じ言葉を使って生きるなら、
人を殺す言葉ではなく、
人を生かす言葉を心がけないものだ。
 
自分がどんな言葉を使い、
どんな言葉を投げかけるかで、
人生そのものが変わってくるから。
 
 
言葉は生きている。
 
 
あなたの言葉で癒される人がいて、
あなたの言葉によって生かされる人がいる。
 
そして何よりあなたの言葉を
もっとも近くで聞いているのは、
他ならぬあなた自身なのだ。
 
だからどうせ言葉を使うなら、
自分も周りも明るくなるような
そんな気持ちの良い言葉を使おう。
 
その言葉は言霊となり、
ずっとずっと生き続けるはずだから。
 
 
これからもヨロシク(^O^)
 

中村 幸也

【真似る人は学ぶ人】
 
我が家の一番末っ子の娘は、
いま一歳七か月だ。
 
最近よく喋るようになってきた。
 
僕や周りにいる家族の真似をして、
いろんな言葉を発している。
 
 
きっと意味はわかっていない。
 
 
でも必死で真似する事から学び、
成長していっているのだ。
 
僕たちはみんな生まれた時から、
常に何かを学びながら成長してきた。
 
「学びなくして成長なし」
という言葉がある。
 
そう、人が成長していく過程で、
「学び」は不可欠だ。
 
 
「学ぶ」の語源は「真似る」である。
 
 
「真似る」が「まねぶ」となり、
やがて「学ぶ」と言われるようになった。
 
我が家の末っ子の娘のように、
誰もが周りにいる人たちの言葉を真似ながら、
言葉を覚える事ができた。
 
つまり人は、まったくの無の状態から
何かを生み出す事はそうそうできないという事だ。
 
基礎とするものがあってこそ、
人は何かを創造する事ができるのだ。
 
 
だから真似ながら学んでいこう。
 
 
どんな事でも学びのスタートは、
誰かの真似をする事から始まる。
 
真似て、真似て、真似つづけて、
徹底的に真似をしても出てくるのが
「個性」というものだ。
 
それが「あなたらしさ」である。
 
だから誰かの真似をする事を否定せず、
どんどん真似ながら学んでいこう。
 
そこから出てきた自分らしさを磨き、
自分の個性を輝かせていけばいいのだから。
 

中村 幸也

【まだ見ぬ色を創りだす】
 
人はそれぞれ違った考え方を持っていて、
人はそれぞれ違う価値観を持っている。
 
自分と他人はいつも違っている。
 
そこに「間違い」があるのではなく、
互いの間に違いがあるだけだ。
 
自分が良いと思う事が、
相手にとっては悪い事かもしれない。
 
 
しかしその違いがオモシロい!
 
 
違う価値観がぶつかり混ざり合えば、
そこには新しい価値観が生まれる。
 
黄という色と青という色が混ざり合うと、
緑というまったく違う色が生まれるだろう。
 
それと同じである。
 
それぞれの色が混ざり合うと違う色に変化するように、
それぞれの個が混じり合うと新たな可能性も生まれる。
 
 
違うからこそ、生まれる価値がある。
 
 
同じ考え方や同じ発想が集まるばかりでは、
そこから新しいものはなかなか生まれない。
 
自分と違う価値観の人と接するからこそ、
刺激になり、化学反応も起こるのだ。
 
だからそれぞれの違った価値観を交換し合い、
オモシロいものをどんどん創っていこう!
 
自分と同じ価値観の人といるのは楽しいけど、
違う価値観の人と混ざり合う事で生まれる
新しい可能性もドキドキできるから。
 
 
まだ見ぬ色を創りだそうぜ!
 

中村 幸也

子どもたちと茨木市のトランポリンに行ってきた。小さい頃はしょっちゅう来てたなぁ。
https://youtu.be/6spjM6gKmus

器械体操を習っていた僕は当時を思い出し宙返り〜!って、それは二十五年以上も前の話・・・。

体がなまってる!ヤバい(笑)

中村 幸也

【「求められる人材」になろうとしてない?】
 
真面目で人を疑わず、
責任感が強くて努力家。
 
こんなふうに聞くと良い人だと思いがちだが、
実はブラック企業が求める人材は、
上記のような人だったりする。
 
真面目だから上司の命令に従順で、
人を疑わないから使い勝手がいい。
 
「このルールに従え!」と言われると、
何の疑いもなく従い、
それを喜んで受け入れるようにまでなってしまう。
 
もしあなたが「求められる人材」になろうと必死で、
他人の目に自分を合わせようとしているなら、
気をつけた方がいい。
 
 
なぜなら、それは「奴隷根性」で
働いているだけだからだ。
 
 
「奴隷根性」とは自律的に規則に従うのではなく、
他律的に有力者の命令に従う事である。
 
支配者の服従を第一に考える為、
主体性がなく、自主的な行動を起こせないのだ。
 
その結果、自ら「社畜」であり続けようとし、
支配者に喜んでもらう為に媚を売る奴隷となる。
 
主体性があるかどうかで
生き方は大きく変わる。
 
自分が本当にやりたい事や好きな事なら、
疲労はむしろ心地よく、
生きている実感も味わえるだろう。
 
 
しかし「やらされている事」は苦痛でしかない。
 
 
だからもしあなたが苦痛を感じながら、
働き続けているのなら、
今すぐ自分を解放してあげる事だ。
 
決められた事に従順に従い、
与えられた事だけをこなす毎日では、
自分らしい人生は生きられないから。
 
そして自分を繋ぎとめている鎖を引きちぎり、
自分の人生をエンジョイしよう。
 
たとえ不真面目で誰からも求められなくても、
あなたがあなたである事に変わりないのだから。
 
 
自分らしく人生をエンジョイしようぜ!
 

中村 幸也

【自由に自分の羽を広げよう】
 
強い者に必死で媚を売り、
自分より弱い者から奪っていては、
誰一人として自由には生きられない。
 
しかし不自由で格差の大きい社会では、
それがもっとも合理的に
自分の生活を守る方法という事になってしまう。
 
僕が子どもを育てる上で気をつけている事は、
子どもが不可能な事に挑戦した時にも、
それを無理やり抑え込まない事だ。
 
親や大人が「それは不可能だ!」と
説教しながら抑え込むより、
まずは自由にさせたほうがいい。
 
 
その結果できない事を学ばせる。
 
 
他人の経験からではなく、
実際に自分が挑戦する事で経験し、
不可能な欲望を抑える事を学べるのだ。
 
子どもたちは自由に行動する中で、
自分自身ではどうする事もできない事を知り、
多くを学びながら成長していく。
 
僕たちはどれだけ自由に生きたとしても、
自然の法則には従わざるを得ない。
 
そしてそれは自ら経験する事によって、
おのずとわかってくる事なのだ。
 
 
経験から学べる事はたくさんある。
 
 
「百聞は一見にしかず」という諺もあるように、
どれだけの事を聞かされるよりも、
実際に自分の目で見て、自分で考え、
自分で行動するほうが何百倍も役に立つ。
 
そしてこれは子どもたちだけでなく、
大人にも言える事だろう。
 
僕たちはどれだけ歳を取ったとしても、
学ぶ姿勢さえあれば学べる生き物だ。
 
失敗を 恐れずに飛び込む事によって、
多くを学び成長していけるのである。
 
だから強者に媚を売り、
弱者から奪うのをやめて、
もっと自由に自分の羽を広げよう。
 
僕たちは誰もが自由に生きる為に、
この世に生まれてきたのだから。
 

中村 幸也

【遊ぶ事は悪い事か?】
 
多くの日本人は遊ぶ事が「ヘタクソ」だ。
 
仕事や勉強をしている事がいい事だと思い、
遊ぶ事は悪い事だと思っている人も多い。
 
なぜなら、僕たちの多くが、
「遊んでばかりいないで勉強しなさい」とか、
「遊んでばかりいないで仕事しなさい」と
言われて育ったからだ。
 
だからお金を使って遊ぶ事や、
仕事を休んで遊ぶ事に罪悪感を覚えたりする。
 
そして何かで少しでも不安を感じたら、
その不安を仕事で解消しようとしてしまうのだ。
 
確かに仕事をしていれば、
誰かに怒られる事も少ないかもしれない。
 
しんどくても頑張って努力している姿を見せれば、
褒めてくれる人だっている だろう。
 
 
でもその価値観では人生を楽しめない。
 
 
なぜなら、誰かに褒められる事が目的になると、
自分の人生を台無しにしてしまうからだ。
 
遊ぶ事に罪悪感を感じてしまうと、
遊んでいる最中も仕事の事が気になってしまい、
心から楽しむ事ができなくなる。
 
だから遊ぶ事に罪悪感なんか抱かないで、
バカみたいに夢中になって遊んでみよう。
 
どれだけ仕事で頑張っている人も、
たとえ年がら年中遊んでいるだって、
どうせ最後はみんな同じように死ぬのだから。
 
 
防衛せずに遊べば心から楽しめる。
 
 
楽しそうに毎日を過ごしている人ほど、
遊び上手な人でもある。
 
だから自分の「遊びたい」という気持ちに
素 直に従い、充実した楽しい人生を送ろう。
 
人生は仕事や勉強だけじゃなく、
遊ぶチャンスだって与えてくれているのだから。
 
目いっぱい遊び、
目いっぱい人生を楽しもう(^O^)
 

中村 幸也

【正義の押しつけは戦争を生む】
 
何が正しく、何が正しくないかは、
その人の価値観や育った環境、
あるいは文化によっても大きく変わる。
 
しかし人は時に自分の正義を絶対視し、
それを他の誰かに押しつけてしまう。
 
「自分は正しい」と強く信じ込む事で、
「相手が間違っている」と思うようになり、
どんどん攻撃的になってしまうのだ。
 
 
「正義は我にあり!」と。
 
 
やがて正義の刃での攻撃は、
相手の行為に対してだけでなく、
人格まで否定するようになってしまう。
 
「自分は間違っていない」
「自分は正義である」
 
という前提で相手を全否定し、
相手を少しでも受け入れる事は、
自分の「負け」になるような気がして、
相手を受け入れられなくなるのだ。
 
だから「自分は絶対に間違っていない」
と思った時こそ、冷静になろう。
 
なぜなら、気づかぬうちに自分の正義を通す為、
誰かを不幸にしているかもしれないから。
 
 
正しさを主張し合うと「争い」が生まれる。
 
 
人間というのは正義の病に侵されると
戦争をはじめ、殺し合いまでしてしまう生き物だ。
 
戦争を起こす人たちというのは、
自分たちの信じる正義で行動する。
 
だから「自分は絶対に正しい」と思い込んだ時点で、
人は盲目になってしまうのである。
 
しかし誰かにとっての正義は誰かにとっては悪であり、
誰かにとっての悪は誰かにとっては正義かもしれない。
 
 
つまり「絶対的な正義」なんてどこにもないのだ。
 
 
正しさなんてものは人それぞれの価値観でも違うし、
育った環境や文化でも大きく違う。
 
そう、正しさの物差しは人によって違うのだ。
 
だから自分の正しさを証明する為に、
誰かが間違っている事を証明する必要なんてない。
 
正義の刃で誰かを裁くのではなく、
「正しさ」より「楽しさ」を基準に考えてみよう。
 
 
正しい事より、楽しい事を!
 
 
正しさが人それぞれ違うように、
楽しさだって人それぞれ違う。
 
でもそれぞれが自分の楽しいを選んでいるなら、
誰も誰かを責める必要もなくなるだろう。
 
だから「正しい」を基準に考えるのをやめて、
「楽しい」を基準にし、
自分が楽しくなる生き方をしよう。
 
僕たちはみんなそれぞれ違っているし、
違っているから楽しいんだから!
 

中村 幸也

【環境を変える勇気を持て!】
 
「真面目や勤勉を美徳」と考える日本人は、
辛い状況でも我慢して生きてしまいがちだ。
 
たとえば職場での待遇の悪さとか、
価値観が合わない人からの理不尽な攻撃など…。
 
限界まで我慢し続ける事だけを考えてしまい、
環境を変える事を後まわしにしてしまう。
 
確かに何か達成したい事があるのなら、
時には我慢して頑張る事も大切だ。
 
ドリー・パートンは、
「虹が欲しけりゃ、雨は我慢しなきゃいけない」
と言った。
 
確かに何かを強く望むのであれば、
その前にやるべき事があるのは仕方ない。
 
しかし今を楽しんで生きるのが目的なら、
別にイヤな事を我慢する必要なんてない。
 
 
それよりさっさと環境を変えてしまえばいいのだ。
 
 
選択肢は「我慢」の他にもたくさんある。
僕たちはそれを自由に選ぶ権利がある。
 
だからイヤイヤその環境に身を置いているくらいなら、
環境を変えて今を楽しんで生き始めればいい。
 
他の選択肢だってたくさんあるのだから。
 
それに我慢し続ける事に執着すると、
他のチャンスを逃す事にもなってしまう。
 
イヤな事を我慢してやっているうちに、
人生はあっという間に終わってしまうだろう。
 
だから時にはそこから逃げる勇気を持ち、
さっさと環境を変えて楽になろう。
 
 
別に逃げる事は悪い事じゃないのだから。
 
 
環境を変える事で初めて見える景色がある。
環境を変える事で初めて気づける事もある。
 
だから辛い状況で我慢し続けるのはやめて、
もっと自分が楽に生きれる生き方を選択しよう。
 
僕たちが生きる目的は我慢し続ける事じゃなく、
今を楽しんで生きる事なのだから。
 
環境を変える勇気を持とうぜ(^^)
 

中村 幸也

【くだらない感情に支配されるな!】
 
何かに挑戦するというのは、
とても楽しい事だ。
 
もちろん、何もかもが
うまくいくわけじゃない。
 
思うようにいかない事もあれば、
ザンネンな結果に終わる事もあるだろう。
 
しかしどんな結果になったとしても、
「挑戦した」という事実は変わらない。
 
失敗したとしてもそれは挑戦した証であり、
そこから学べる事がたくさんあるのだ。
 
 
だからどんどん挑戦しよう。
 
 
何かに挑戦すれば、
必ず誰かが批判したりしてくるものだ。
 
でもそれは仕方ないとあきらめよう。
 
批判する人というのは、
あなたが何をしても批判するし、
何もしなくても批判してくるものだからだ。
 
人の言う事を気にして、
他人に振り回される人生を送ったって、
オモシロくもなんともないだろう。
 
それより批判されながらも自分の信じる道を進み、
失敗を繰り返しながらも成長した方が、
人生はどんどん味わい深くなる。
 
 
ジョン・レノンはこう言った。
 
 
「『こうすれば、ああ言われるだろう…』
こんなくだらない感情のせいで、
どれだけ多くの人がやりたい事もできずに
死んでいくのだろう」と。
 
誰にどう言われるかを気にして生きてちゃ、
やりたい事ができないまま人生は終わってしまう。
 
だから周りの目なんか気にしないで、
やりたい事に全力で挑戦しよう。
 
挑戦したからこそ、わかる事もあるし、
挑戦したからこそ、得られるモノも
たくさんあるはずだから。
 
自分の心に素直であろうぜ!
 

中村 幸也

【可能性は無限大】
 
世界は自分が思っている以上に、
ずっと大きく、もっと広い!
 
だから視野を広げて、
世界全体を見渡してみよう。
 
自分が今いる場所だけが、
世界のすべてじゃないのだから。
 
自分がいる場所を絶対視し、
「ここがすべてだ」と考えてしまうと、
目の前の世界だけに捕らわれてしまう。
 
そうなると可能性は閉ざされ、
小さな世界だけしか見えなくなるだろう。
 
 
でも可能性は無限大だ。
 
 
小さな世界から飛び出して世界を見れば、
そこにはとてつもない可能性が
広がっている事に気づけるだろう。
 
だから自分が属している共同体に縛られず、
地球規模、いや宇宙規模の大きな共同体に
目を向け、堂々と生きる事だ。
 
誰かとの関係が壊れるのを恐れて生きていては、
自由に生きる事なんてできないのだから。
 
 
これは「学校」という場所にも言える事だ。
 
 
多くの学生やその親たちは、
「学校」という共同体を絶対視している。
 
学生にとっては学校がすべてであり、
学校があるから「わたし」という存在がある、
とまで思い込む。
 
しかし中には学校に馴染めない子もいるし、
授業についていけない子だっているだろう。
 
そんな子たちまでが「学校がすべて」と思い込むと、
その子たちはどこにも所属感を持てなくなる。
 
 
だからそんな思い込みは捨ててしまおう。
 
 
学校の外にはもっと大きな世界が広がっているし、
世界は想像以上に広いのだから。
 
それに学校に居場所がないなら、
学校の外部に居場所を見つければいい。
 
世界中を探せば必ず
自分がいてもいい居場所が見つかるはず!
 
だから自分が今いる場所がすべてと思い込まずに、
視野を広げて世界全体を見渡してみよう。
 
小さな世界を飛びだせば、
そこには無限の可能性が広がっているはずだから。
 

中村 幸也

【「ギブ」の精神を忘れるな!】
 
人は得るものによって生計を立て、
与えるもので人生を築く。
 
誰かに貢献する事は、
自分にとっても幸せな事である。
 
「貢献」というと抽象的な概念となるが、
誰の心の中にも「誰かの役に立ちたい」という
自然な感情があるものだ。
 
 
だから「ギブ」の精神を忘れない事だ。
 
 
ギブの精神で世の中に貢献するという事は、
自分の役割に徹するという事でもある。
 
物は与えると自分の手元から無くなるけれど、
心は与えるごとに満たされていく。
 
だから出し惜しみなんかしてないで、
どんどん与える人であろう。
 
 
人生は与える事によって豊かになるから!
 
 
キリストもこう言った。
「受けるよりも与えるほうが幸いである」と。
 
与えるというのはまるで種を蒔く事のようだ。
 
たくさんの種を蒔き、愛情を持って育めば、
より多くを得る事にも繋がるだろう。
 
もし思うような結果が得られなくても、
自分の心まで腐らせる必要はない。
 
 
蒔いた種がいつ咲くかはわからない。
 
 
花には花の事情があるし、
遅れて咲く花だってあるだろう。
 
上に花咲かぬ冬の日は、
下へ下へと根を伸ばせばいい。
 
そして春に大輪の花を咲かせる為に、
しっかり準備しておけばいいのだ。
 
求めてばかりで更にそれが手に入らなければ、
不満は募る一方だろう。
 
しかし自分が求める側から与える側へシフトした時、
人生は大きく変わり始める。
 
だから人に「何をしてもらおうか」と求める前に、
自分は「何をしてあげられるか」を考えてみよう。
 
より多く受け取る者は、
より多くを与える者でもあるのだから。