「高田修三」にしかしできない事で生計を立てられるようになりたいです!それを模索中です。

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Shuuzo Takada

自由人

現在値 0.000400BTC
時価総額 20.000000BTC
発行VA数 50000VA
1986年生まれの名古屋人
小説を書いたり映画を作ったり、創作活動をして生計を立てたいけど、それはできずに今は実家でバイトしながら生活しています。僕を応援してくれる方!ぜひ僕の株を購入してくださいますようお願いいたします。
Shuuzo Takada

8月15日 今日は終戦記念日ですね。
多くは語りません。
平和が一番です。
その平和を維持するためには、どうすればいいかが大論争になっていますが・・・

しかし今の日本は、戦争状態にありません。

いつまでもこの平和が続きますように・・・

そしていつかは必ずや世界から戦争がなくなる日が来ることを信じています❗️

Shuuzo Takada

https://valu.is/users/feed/2654915
以前にこういう記事を投稿したのですが、今のVALUは完全に「幻滅期」を脱したと思います。

VALUの優待通知機能が、追加された効果が、じわじわ確実に広まっていると思います。
僕のウォッチリストに入っている人達は、優待をどんどん更新して追加しています。
そして僕がVAを保有している人の何人かは、順調にVAの価格を上げていくことに成功しています。

優待を追加して、優待をどんどん実行している人たちは、本当に偉くてすごいと思います‼️

そして「幻滅期」を脱したと言える最大の根拠は
VALUのアプリのリリースです。
VALUへの幻滅の大きな理由の一つが「アプリいつリリースされるんだよ⁉️」というのがあったと思います。

アプリはまだ、iOSでしか使えなかったりとか、他にまだ問題はあるでしょうが、僕は暖かい目で見守りたいです( ´ ▽ ` )ノ

みなさん一緒にこれから頑張りましょう(=´∀`)人(´∀`=)

Shuuzo Takada on VALU

VALUは、ハイプサイクルと言われるこの波の図の「幻滅期」に真っ只中だと思います(´༎ຶོρ༎ຶོ`) しかし同時に、まさそこから抜け出せるか瀬戸際でもあると思います(´-`).。oO 僕はもちろん、も...

VALU
Shuuzo Takada

僕はずっと疑問だったのは、日本人はなぜ英語が苦手なのかということです(´・_・`)

最近僕が打ち立てた仮説(?)があります。

それは英語という言語と、日本語という言語の「距離が遠い」からです。

ヨーロッパの人たちは、自分の国の言葉(ドイツ人ならドイツ語フランス人ならフランス語)と、英語、そしてさらに、もう一つ・二つヨーロッパの言語が話せる人が少なくなりありません。
スイスが非常に象徴的です。
スイスのはの人は、すごいエリート、すごく頭の良い人ではなくても、英語に加えて、ドイツ語フランス語イタリア語のうちの2〜3ヶ国語を話せる人が多いです(ちなみにスイス語というのはなくて、前述の3カ国の言葉をスイスの言葉として、スイス人は使います)

ヨーロッパの人たちは、なぜこれだけ複数のヨーロッパの言語を習得できるのか。
もちろん「欧州人は言語能力が優れている!」などという理由ではないと思います。
それは単純明快なのです
それは今は複数の言語に分かれていますが、ヨーロッパの言語は、昔は、もともと一つの同じ言語だったのです。
それが時代を得ることに、細分化して複数の言語になったのです。

ですから「言語的な距離」が極めて近いのです。

一方で日本語はどうでしょうか?

日本語の起源は、未だに全く謎です。
お隣の朝鮮半島とはもちろん違います。
中国語とも、もちろんちがいます。
(中国語とは違うからこそ、中国から漢字が日本に入ってきた時に、当時の中国人が話していたいように聞こえる『音読み』と、その漢字に日本語の読み方をした『訓読み』が生まれました。人という漢字は、音読みでは『ジン』訓読みは『ひと』 水という漢字は『スイ』『みず』 草は『ソウ』『くさ』・・・つづければキリがないので、ここら辺にしますが、中国語と日本語は、全く別の言語であることが分かります)

日本語は極めて独特な言語です。
しばしば「日本語は世界で最も難しい」「日本語は美しい言語だ」だから「日本語は優れた言語だ」という主張を聞きます。

言語に優劣はないと思います。

少し話がそれた気がしますが、次ことを言いたかったのです。

英語と日本語の「言語的な距離は極めて遠い」ということです。
だから日本人は英語を学習するのにく苦労するのではないか?

言語に優劣はありません。
しかし英語が、事実上世界の共通語になってしまったことは、疑いようのない事実です。
英米人だけでなく、ヨーロッパの人たち、中国インドの人たち、その他の国民族の人たちが情報と意思疎通する時に英語を使います。

英語を使えることに優位性があることも疑いようがありません。

日本の日本人の悲劇は、日本語と極めて距離が遠い言語である、英語が世界の共通語になってしまったことです( ;´Д`)

最近ネットやテレビでは「日本スゴイ」の意見と「日本はここがダメ」という、相反する両者の意見が、錯綜(?)しています。
この議論は、どうしても感情的になるので客観的に議論するのが難しいです。

僕は日本人と英語に関する、冷静な意見を表明したいです。

日本人は英語が苦手てある。
そしてそれが、経済ビジネスを始め、あらゆるところでネックになっている。

しかしだからと言って、もちろん日本人が劣っているということでは決してありませんし、日本語自身の優劣にも関係ありません。

それは日本人にとって、最も言語的な距離の遠い英語が、世界の共通語になってしまったことによって起きた「「不運」「悲劇」であり、誰が悪い(日本人も、日本以外の全世界の人々も)ということ、とは全くない事です。




みなさんは、どう思いますか?

Shuuzo Takada

みなさんおはよう😃ございます。
ついにVALUのアプリ版がリリースされらたのですね‼️
この投稿もアプリからやっています。
アプリを一通り触ってみた感触は…
いい感じ!です(*´∀`*)
どんどんVALUが盛り上がるといいですね\\\\٩( 'ω' )و ////

Shuuzo Takada

1945年の8月6日 今から73年前の今日に、人類の歴史で初めて原子爆弾が実際の戦争で使用されました。

原子爆弾を使用した国はアメリカで、使用された国は日本で、日本の広島という街に原子爆弾は落とされました。
そして三日後の8月9日に、長崎という街にまたも原子爆弾が落とされました。
原子爆弾による悲劇を、ここの記事一つで表すことは、ほとんど不可能です

だから別のことを言いたいと思います。

日本は1945年の8月15日に、アメリカを中心とした連合国に降伏しました。

日本はそれ以来一度も戦争をしていません。
とても素晴らしいことだと思います。

しかし日本以外の国は、たくさんの戦争をしてきました。
第二次世界大戦後に、アメリカを中心とした資本主義のグループとソビエトを中心とした共産主義のグループとの対立が起こります。
いわゆる冷戦です。
アメリカもソビエトも、イギリスフランス中国も、核実験をして、核を保有しました。
さらに他の国も核を保有するようになりました。

しかし核兵器が実際に戦争で使われることは、今日まで決してありませんでした。
核戦争の危機は何回もあったと言われいます。

しかし、現実の歴史として、核兵器が使われことは、長崎以降はありませんでした。

人類はずっと戦争をしてきました。
今も世界のどこかで争いが起きているのでしょう。

ただ一つ、絶対に強調しておきたいのは、核兵器は他の兵器とは全く異なります。
弓や槍や機関銃や大砲や戦車や戦艦や、その他の兵器とです。

それは、あまりに被害が大きすぎる兵器だということです。

広島、長崎に落とされた原爆は、たったと一つで一瞬にして数万人の命を奪いました。
しかも現在の核兵器は、広島・長崎に落とされたものよりも、何十倍何百倍もの威力を持っています。

核兵器は、全世界の人類を一瞬で絶滅させかねない兵器なのです。

僕は世界中の国々が、一切の軍備を持たなくて住む世界が実現されるのを望んでいます。
しかしそれはまだまだ時間がかかりそうです。
しかし「核なき世界」はどうでしょうか?
それほど難しいのでしょうか?
このことは日本1カ国が頑張っただけでは実現できません。
世界中の皆さん、ご協力をお願いいたします。

世界で初めて原爆を落とされたのは1945年8月6日の広島です。

私は一人の日本人として、一人の地球市民として、次のことを願います
1945年8月9日に長崎に原爆が落とされた日が、同時に意味することは、その日が人類の歴史で実戦で核兵器が使われた最後の日と確定することです。

Shuuzo Takada

今日は8月6日。
原爆の日です。
全世界の人達に向けて、Facebookに以下の文章を投稿しました。


August 6, 1945 Today from now to 73 years ago, the atomic bomb was used in actual war for the first time in the history of mankind.

The country that used the atomic bomb was the United States, the country used was Japan, and the atomic bomb was dropped in the city of Hiroshima of Japan.
And three days later on August 9, the atomic bomb was dropped again in the city of Nagasaki.
It is almost impossible to express tragedy by atomic bombs with one article here

That's why I'd like to say something different.

Japan surrendered to the allied countries, centered on the United States on August 15, 1945.

Japan has never done a war since then.
I think that it is very wonderful thing.

However, countries other than Japan have done a lot of wars.
After World War II, a conflict occurs between a group of capitalism centered on the United States and a group of Communism centered on the Soviet Union.
It is the so-called Cold War.
Both the US and the Soviet Union, Britain France China, also held a nuclear test, carrying out nuclear tests.
Furthermore, other countries also began holding nuclear weapons.

But it has never happened that nuclear weapons are actually used in war.
It is said that the crisis of nuclear war has been repeated many times.

However, as a reality history, nuclear weapons were not used since Nagasaki.

Mankind has been warring forever.
There is still a conflict somewhere in the world.

Only one thing to emphasize is absolutely different from other weapons for nuclear weapons.
With bows and spears, machine guns, cannons, tanks and battleships, and other weapons.

That means too much damage is a weapon.

The atomic bomb dropped by Hiroshima and Nagasaki took the tens of thousands of people in one instant and instantly.
Moreover, the current nuclear weapons have tens of times and hundreds of times more power than those dropped by Hiroshima and Nagasaki.

Nuclear weapons are weapons that could destroy humanity worldwide instantaneously.

I hope that countries all over the world will realize the world where living without any armaments.
But it seems that it will take a long time.
But what about "the world without nuclear weapons"?
Is that so difficult?
This can not be realized simply by one country in Japan doing its best.
Everyone around the world, please cooperate.

It was Hiroshima on August 6, 1945 that dropped the atomic bomb for the first time in the world.

As a single Japanese, as a global citizen, I wish for the following
The day when the atomic bomb was dropped on August 9, 1945 in Nagasaki at the same time is to establish that day is the last day nuclear weapons were used in actual war in the history of mankind.

Shuuzo Takada

あー明日からまたバイトの一週間が始まるから憂鬱だあ(´・Д・)」
ネガティブな気持ちを打ち消すために、ポジティブな文章を書きます_φ(・_・;

  未来を予測することの難しさと、楽しさについてです。

日々、科学技術はものすごい勢いで進化して変化しています。
だから「未来の事なんて、とてもわからない・・・・・将来・老後が不安だ・・・・」という人は少なくないと思います。

しかし僕は、日々たくさんの情報をたくさん入手して、最新科学技術についてある程度理解すれば、未来に対して、ある程度の予測はできると思います。

しかし、もちろんそれは必ず当たるとは限ら無いのであります。
でもそれは悪い事ばかりではないのかもしれません。
「嬉しい誤算」とも言えるかもしれません

卑近な例ですが、僕の体験を言いたいと思います。

IT技術で、言語翻訳の機能は結構以前からあったと思います。
またSFや、漫画ドラえもんの「ほんやくこんにゃく」という道具では、言語を通訳する道具が、そのうちできる事は、かなり早くから予測されていました。

僕は中学高校と、英語の成績は普通でした。
英語はもちろん喋れるようになりたいけど、英語を学ぶは億劫だなあという気持ちがありました(^_^;)
大学生になって、特に海外に行く事もなく、英語の能力を身につける事なく、ずるずる年月が経っていきました。
「自分は英語は喋れないけど、どうせい自動翻訳機能が開発されるから、喋れなくてもいいだろう・・・」と自分に言い聞かせていました。

そしてグーグル翻訳の精度がどんどん上がって行きました。
さてこれで、もう英語の勉強は必要なくなった!


       とはならなかったのです❗️❗️

僕のフェイスブックるを見ると、英語で投稿した記事がいくつかありますよね。
これらは、僕が日本語で文章を書いて、グーグル翻訳で英訳したのを投稿しているのです。
フェイスブックでの記事の投稿はは最近ちょっと停滞していますが、最近はyoutubeでの動画コメント欄に英語でコメントする事にはまっています。
これらも日本語で書いた文章をグーグルで英訳したのをコメントしています。

英語で世界に自分の意見を発信できる事が可能になった事によって、英語に対する興味が強まったのです❗️

youtubeには「English Conversation」という英会話を学ぶための動画が、あふれています(もちろん無料で視聴できます!)
その他、僕の尊敬するアメリカの大統領や、海外の有名人の発言している動画を再生して、その音声を聞いて、膨大な英語を聞き流す事によって「英語脳」を作ろうとしています。
この文章を書いている時も、youtubeの動画を再生しています。
今再生している動画は、ソフトバンクの孫さんがインドで、インドの財界人を相手に講演している動画です( ^_^)/

英語が少しづつわかると、英語に興味が湧き、英語をまた学び、また英語がわかり、英語にさらに興味がわくという、好循環のサイクルに入ったと思っています( ^ω^ )

それで、何が言いたいかというと(もちろん最近僕は英語勉強していますドヤァ!ではありませんよ😅)


今の僕の状況は、昔の僕が抱いていた「自動翻訳機能が充実する→すなわち外国語を学ぶ意義がなくなる」という極めて短絡的な予測が間違っていた事を、如実に表しています。

「こうなったから、これからはああなるんだ」というふうに予測する事は可能ですが、もちろんそれが当たる保証はまったくありません。


未来は無限の不確実性にあふれているのです。

話を小さくして、個人レベルだと「なんで、思い通りにならないんだろう」と思う事が僕はよくあります。
まあさんざんここVALUでも愚痴っている、僕のバイト先の職場が代表的ですが😂

しかし最近はこうも思うのです。
「自分の予測できる範疇でしか、未来が動かないのであれば、それはとてもつまらない無味乾燥な世界ではないか?」ということです。
さっきの英語の例を長々と書いたのは、僕が英語を学ぶ事の楽しさに目覚める事など、中高生の時の自分だったら、まったく予想のできない「嬉しい誤算」とも言うべきだったからです。
予測していない事が起きる事は、悪い事ばかりじゃないよという一例を示したかったのです。

「人生は何があるかわからないからおもしろい」という境地にまでは、さすがにまだ至ってはいないですが。
最近は少しづつ、予想もしていなかった事が起きても「まあそういう事もあるよな」と冷静に見られるようになってきたような気がします。

そういう意味では、自分も無駄に年齢を重ねたわけではないのかと、思いたいです( ^ω^ )


ここまで文章を読んでくださった皆さんありがとうございます😊

Shuuzo Takada
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